[資本主義は如何なものか?]哲学者紹介㉑〜カール・マルクス〜前編
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※注意。

この記事は哲学者を紹介するだけの記事です。

特定の思想を支持するための記事ではありませんので、

ご了承ください。

どうも、Sakkiです。

↓簡単なプロフィールはこちらです↓

前回はゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲルさんを紹介しました。

管理人B
なかなか論理的な人やったね。

本日も哲学者さんを紹介していきますよ。

ということで本日はこちらの方!

カール・マルクスさんです。

ということで今回は、

  • マルクスさんの生涯
  • 影響を受けた人物

についてまとめます。

それでは参りましょう!ヾ(・◇・)ノ

本日の題目

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・マルクスさんの生涯
・影響を受けた人物

マルクスさんの生涯

改めまして、本日の哲学者はカール・マルクスさんです。

マルクス
どうも、マルクスです。
管理人B
資本論の方やん!

・・・となると難しいところが今回の題材になるんかな?
マルクス
難しいとなるのは要約が不十分であるからでないかと思われます。

その為、解説のタイミングで説明します。
管理人B
前編は生涯や影響についてお話を伺っていきよるさかいに、よろしゅうお願いします。
マルクス
それではよろしくお願いします。

本日も表にまとめまして、マルクスさんの足跡をたどっていきます。

後々に触れたりする文章は赤色にしています。

↓表はこちら↓

西暦年齢出来事
18180プロイセン領のトリールで出生
183012フリードリヒ・ヴィルヘルム・ギナジウム入学
183517ボン大学入学
183618ベルリン大学転学
184123イエナ大学から学位を受け、哲学博士となる
184325主筆を務めていた『ライン新聞』が発行停止する。
この頃新妻イェニーと共にパリに移住。
184527パリを追放される。ブリュッセルに移住し、プロイセン国籍を離脱。

無国籍者として活動した。
184729エンゲルスと共に「共産主義者同盟」に加入
184830共産党宣言』刊行、ベルギーも追放され再びパリに移住。

エンゲルスとドイツへ赴き、『新ライン新聞』を発行。
184931新ライン新聞』 赤刷りの終刊号を発行。

その後、フランスからも追われロンドンへ亡命。
186749資本論』第一巻を刊行
188163妻イェニーが病に倒れる
188365ロンドンの自宅で肘掛け椅子に座ったまま亡くなっているのが発見される。
Wikipediaから引用

簡単なプロフィールはこうなります。

カール・マルクス(ドイツ語: Karl Marx, 1818年5月5日 - 1883年3月14日)は、プロイセン王国出身の哲学者、思想家、経済学者、革命家。包括的な世界観および革命思想として科学的社会主義(マルクス主義)を打ちたて、資本主義の高度な発展により社会主義・共産主義社会が到来する必然性を説いた。

Wikipedia-カール・マルクス
管理人B
ライン新聞が廃止したっていう話を受けてどうでしたか?
マルクス
ライン新聞は「既存の共産主義には実現性を認めず、批判を加えていく」という方針で活動してきたわけであります。
管理人B
ふむふむ。
マルクス
法律と節度の範囲での反封建主義闘争は止めなかった為、
プロイセン内の検閲が強化された点。

そして「反動の支柱」と批判したことにより、
当時のロシア帝国からの圧力で廃刊になった訳です。
管理人B
いつの時代も目の上のたん瘤って潰されるわけなんやね・・・。
マルクス
私としても政府に媚を売って筆を抑圧するのはうんざりでしたので、

むしろ潰されて清々したところであります。
管理人B
適度に前向きな方なんやね・・・。
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