![[見えざる手]哲学者紹介⑰〜アダム・スミス編〜](https://sakizaki.com/wp-content/uploads/2021/06/nigaoe_adam_smith.png)
どうも、Sakkiです。

前回はセーレン・キルケゴールさんを紹介しました。

管理人B
なかなかボリューミーな回やったね。
本日も哲学者さんを紹介していきますよ。
ということで本日はこちらの方!

アダム・スミスさんです。
ということで今回は、
- スミスさんの生涯
- 影響を受けた人物
- 思想のまとめ
についてまとめます。
それでは参りましょう!ヾ(・◇・)ノ
本日の題目
・スミスさんの生涯
・影響を受けた人物
・思想のまとめ
・影響を受けた人物
・思想のまとめ
・スミスさんの生涯
改めまして、本日の哲学者はアダム・スミスさんです。

スミス
どうもどうも、アダム・スミスです。

管理人B
哲学の本だと資本主義の所で書かれとる方よね?
哲学者・倫理学者・経済学者であるアダム・スミスさん。
資本主義という改革の考えを支え、体制を確立させた一人です。

管理人B
改革を支えたってなんかカッコいい響きよね。

スミス
未来ではそう捉えられているのですか。
考えた甲斐があったものです。
考えた甲斐があったものです。
本日も表にまとめまして、アダム・スミスさんの足跡をたどっていきます。

スミス
これが楽しみの一つだったんですよね。
どういうまとめ方がなされていることやら・・・
どういうまとめ方がなされていることやら・・・
↓表はこちら↓
西暦 | 年齢 | 出来事 |
1723 | 0 | スコットランド・カコーディにて出生 |
1737 | 14 | グラスゴー大学に入学。哲学者フランシス・ハッチソン(ハチソンとも呼ばれる)の下、道徳哲学を学ぶ。 |
1740 | 17 | オックスフォード大学に留学、その後中退。 |
1746 | 23 | 学問の沈滞ぶりに失望し、故郷へ戻る。 |
1751 | 28 | グラスゴー大学の倫理学教授に就任 |
1752 | 29 | 同大学の哲学教授に転職 |
1759 | 36 | 『道徳感情論』出版 |
1764 | 41 | 大学を退職、バックルー公爵の家庭教師を務める。 66年まで家庭教師として公爵の大陸旅行に随行。 |
1776 | 53 | 『諸国民の富(国富論)』出版 |
1778 | 55 | スコットランド関税委員に任命され、エディンバラへ向かう。 |
1790 | 67 | エディンバラにて逝去 |
簡単なプロフィールはこうなります。
アダム・スミス(Adam Smith、1723年6月5日- 1790年7月17日)は、イギリスの哲学者、倫理学者、経済学者である。スコットランド生まれ。主著に倫理学書『道徳感情論』(1759年)と経済学書『国富論』(1776年)などがある。
Wikipedia-アダム・スミスより引用

管理人B
留学って聞くとほかの国に行って勉強するって感じがするけど、
この時はまだイングランドとスコットランドって一緒になってへんかったの?
この時はまだイングランドとスコットランドって一緒になってへんかったの?

スミス
オックスフォードがイングランド、グラスゴーはスコットランドです。
1707年に合同してグレートブリテン王国(GB)として成立しました。
なのでそういう意味では「留学」ではなく、
「卒業してから、進学した」という表現が正しいと思われます。
1707年に合同してグレートブリテン王国(GB)として成立しました。
なのでそういう意味では「留学」ではなく、
「卒業してから、進学した」という表現が正しいと思われます。

管理人B
オックスフォードに失望するくらいの学問の沈滞って何だったん?

スミス
留学時に禁書扱いされていた本読んでいたのを見つかって没収されてしまいましてね。

管理人B
そういったことが要因だったんだ・・・。

スミス
まぁ、年表にあるように沈滞に失望して辞めて帰ったわけですが(笑)

管理人B
タダでは転ばへんひとなのね・・・