[知識は力]哲学者紹介⑫〜フランシス・ベーコン編〜
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どうも、Sakkiです。

前回はデカルトさんを紹介しました。

管理人B
なんか全体的に頭が良さそうな人やったよね。

本日もまた面白い方を紹介していきますよ。

ということで本日はこちらの方!

フランシス・ベーコンさんです。

ということで今回は、

  • ベーコンさんの生涯
  • 思想のまとめ

についてまとめます。

それでは参りましょう!ヾ(・◇・)ノ

本日の題目

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・ベーコンさんの生涯
・思想のまとめ

・ベーコンさんの生涯

改めまして、本日の哲学者はフランシス・ベーコンさんです。

ベーコン
ご紹介に預かりましたベーコンです、よろしく。
管理人B
この記事を書く前に事前調査ってのをするんやけど、

フランシス・ベーコンさんって二人いひん?
ベーコン
そうだね。芸術家に一人いるよ。

私の職業は哲学者・神学者。
近世イングランドの人間さ。
管理人B
はぇー、コレまた偶然みたいなもんやね・・・
ベーコン
私も調べたのだけど、父方の家が私の家系のようでね。

それなら調べるのがちょっと大変だったんじゃないかな?

最初は画家としても活躍されていたのかと思いましたが、

同姓同名の方でございました(-_-;)

本日も表にまとめまして、ベーコンさんの足跡をたどります。

ベーコン
ほう、楽しみじゃないか。

期待しているよ。

その表がこちらでございます。

西暦年齢出来事
15610ニコラス・ベーコンの末っ子として、ロンドンのストランドにて誕生。
15698エリザベス1世に拝謁
157312ケンブリッジ大学に入学するも、二年後退学。
157615グレイズ=イン法学院に入学。79年父の急死により帰国。
160746法務次官に就任
162059ノブム=オルガヌム(新機関)』を主要部分とする『大革新』を刊行
162160収賄罪で議会の弾劾を受け、地位を失い禁固刑に処される。

ロンドン塔に送られるがジェームズ1世の助けを得て方面。
162665気管支炎のため逝去

簡単なプロフィールはこうまとめられていました。

フランシス・ベーコン(1561年1月22日 - 1626年4月9日)は、イギリス哲学者神学者法学者政治家貴族である。

「知は力なり」という言葉やイドラの概念が有名。

Wikipedia−フランシス・ベーコン
管理人B
まっさきに目が行くのがケンブリッジ大学を二年で退学って・・・・

なんかやらかしたん?
ベーコン
そんなことはしていないよ。

その時なされていた”スコラ的学問”というのに不満があってね。
アリストテレス哲学に反発して学校をやめたのさ。
管理人B
あのアリストテレスの哲学に反発かぁ。

しかも12歳で・・・
ベーコン
12歳だったからね、「人間の生活に役立つような成果を生み出すことはほぼないし、議論や論争に優れているだけじゃないか!」なんて思ったんだ。

授業が退屈だったし、興味の対象が自然科学に移ってしまったからね。
管理人B
しかしコレまた色々な職業をしとった方なのね・・・。

政治家に法学者に、神学者でもあるやん!
ベーコン
政治家になったのは1581年だったかな。
そこで庶民院の議員になったんだよ。

ジェームズ1世が即位された後からは、色々な役職を経験させてもらったよ。
管理人B
色々と経験されとるみたいね。

うちがやったことあるの生き物係くらいやで?
ベーコン
ふふふ、いいところに注目したね。

その”経験”こそ私の哲学なのだよ。
管理人B
ほえー、楽しみになってきたわ。

ベーコンさんの哲学は次ページで紹介します。

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