![[嫌われる勇気]哲学者紹介⑥〜アドラー編〜](https://sakizaki.com/wp-content/uploads/2021/05/publicdomainq-0006801jvfybc.png)
どうも、Sakkiです。
4月も終わり5月に突入していますが、
気温がかなり高くなっている感じもします。
今書いているときには22℃という・・・。
寝苦しくなってしまいますがな(-_-;)
さて、本日は5月1日土曜日です。
5月最初の記事は哲学者紹介といきましょう。
ということで本日の哲学者さんはこちら!!

おなじみアルフレッド・アドラーさんです。
(ツッコミを入れたい思いをぐっと堪えてくださいm( _ _)m)
俗に言う『嫌われる勇気の人』と呼ばれそうではありますが、
それはあくまでも「アドラー心理学」を解説したものであって
ご本人が「嫌われる勇気」と呼んだわけではなさそうです。
管理人B
本当に嫌われたら孤独になりますけど・・・
アドラーさんの代わりに一つ、
「違う、そうじゃない。」
ということで今回は、
- 生い立ち
- 考え
- なぜ今アドラーなのか
についてまとめます。
それでは参りましょ〜ヾ(・◇・)ノ
↓簡単な僕のプロフィールです!!↓
本日の題目
・生い立ち
・考え
・なぜ今アドラーなのか
・考え
・なぜ今アドラーなのか
・生い立ち
Wikipediaではこのように紹介されています。
アルフレッド・アドラー(Alfred Adler、ドイツ語発音: [alfreːt aːdlɐ](アルフレート・アドラー)、1870年2月7日 - 1937年5月28日)は、オーストリア出身の精神科医、心理学者、社会理論家。
思いっきり哲学者紹介と銘打ったこの記事ですが、
このアドラーさん、精神科医であり心理学者さんなのでございます。
そこでアドラーさんの生涯を軽く表にまとめてみます。
1870 | 0歳 | 6人兄弟の次男としてウィーンの郊外に誕生する |
1888 | 18歳 | ウィーン大学医学部に入学 |
1895 | 25歳 | 同大学同学部を卒業 |
1898 | 28歳 | 最初の著書、『仕立て業のための健康手帳』刊行 |
1902 | 32歳 | ジークムント・フロイトの研究グループに参加 |
1907 | 37歳 | 『器官劣等性の研究』上梓 |
1910 | 40歳 | ウィーン精神分析協会 |
1911 | 41歳 | 研究グループから離脱、仲間とともに自由精神分析協会設立(二年後、個人心理学会へと改称) |
1912 | 42歳 | 『神経質について』を出版 |
1916 | 46歳 | 軍医として従軍 |
1922 | 52歳 | 児童相談所を設立する |
1924 | 54歳 | ウィーン教育研究所治療教育部門の教授に就任 |
1932 | 62歳 | ロングアイランド医科大学の医学心理学招聘教授に任命 |
1935 | 65歳 | 一家でアメリカ移住 |
1937 | 67歳 | 心臓発作のため逝去 |
アドラーさんが医者を志した理由ですが、
弟が生後一年でなくなってしまったことと
本人が4歳頃に肺炎にかかってしまったことがきっかけになったそうですね。